ヒガシ時代
フラワーマンのヒガシのページにあるものをすこし整理して、恭平くん関係のみ載せてみました。

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東福岡関係の新聞記事

99.1/9朝日新聞  

東福岡 激戦制し連覇

1.山形くんの得点の後の写真
2.山形くんの記事
99.1/11西日本スポーツ

新生東福岡 1勝

新人戦1試合目の勝利

99.12/22毎日新聞福岡版

『新生』東福岡3連覇なるか

3連覇に向けてヒガシの特集

99.12/22西日本スポーツ

東福岡V3へ

78回選手権前に行われた練習試合に圧勝

99.12/23読売新聞

戦後初 V3狙う

夏のオランダ遠征から選手権までのヒガシ

99.12/31西日本新聞

東福岡主将の前田 右膝痛悪化

開会式と前田くんのことを中心に

00.1/4スポーツ報知 東福岡止めた 市船

山形恭平くんが高校選抜に選ばれました。<00.1/8>

サッカークリックより。3回戦市船戦。

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「先生、こいつに言ってやって下さいよ、キャプテンやれって」東福岡の田口部長がその一室に入ると数人の3年生から一斉に声が上がった。「吉田にキャプテンやらそうと思うんですよ」現キャプテンである前田が言う。「でもキャプテンになると、しんどいんとちゃいます?」吉田自身はまんざらではないのだが、どこか踏ん切りが付かない。だから他の3年生・山形や前田が一緒になって吉田の説得に当たっている。吉田が何度も訊く。「先生、キャプテンってどんなことやるんすか?」―――。
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 この日会場となった千葉総合運動公園陸上競技場は、最寄りのモノレールの駅から人並みが絶え間なく続いた。メーンスタンドは既に満員。11月に組み合わせが決まってからと言うもの、大会のメインアクトである両チームの直接対決に沢山の視線が注がれ続けた。「一体どちらが強いのか?」色々な意見が交わされたことだろう。そしてこの日、勝者は市立船橋に。
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 ゲーム前からメーンスタンドから見て右から左へ、猛烈な風が吹き付けている。それだけにお互いにその風をどう活かすのか。風下ならGKのロビングは風で押し戻され、中盤で高く上がったクリアはクリアとしての意味をなさない。逆に風を背負う風上は非常に優位に戦える。そして前半を風上で戦ったのは市立船橋だった。自力で東福岡に優ると言われる市立船橋だけに、風を味方に付けてくるのは間違いない。ところが市立船橋にとってはその風がかえって逆効果になってしまった。「選手が長く蹴ってしまった」(市立船橋・布監督)ことでボールはキープできても攻撃にかかった時のプレーの精度は今ひとつ。
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 しかし「監督と九州と離れてはいても色々なフェスティバルとかで練習試合をする機会もあって、お互いがどんなサッカーをするかが分かっている」(布監督)だけに、市立船橋の戦術が東福岡を抑え込んでいった。東福岡の採る4−5−1システムの両サイドハーフ(左・大歯、右・奈良崎)の縦突破を数人のチェイシングで防ぐことで東福岡の攻めの起点が失われる。そうなればMF山形を中心にした東福岡の中盤が仕事をする機会が奪われることになる。市立船橋の選手達は監督の指示を的確に実践していた。

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 ただ市立船橋の守りは万全だったが、攻撃は単調だった。風上で1点も入らなければ当然イヤなイメージを持っただろう。しかし33分、遂に市立船橋が固かった東福岡のゴールマウスをこじ開ける。右CKを本橋が得意の左足で強烈なボールで狙う。「当たってますよ。僕の前髪にかすってますから(笑)」と記録上の得点者・羽田は笑ったが、この1点は市立船橋が流れを作るのに充分なものだった。

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 一方の東福岡は攻めの形を作ることができず苦闘する。「個々のタレントの差」と志波監督は語ったが、過去2大会にくらべ選手のポテンシャルの差があったのは明らか。ただ昨年までは東福岡が同様のことを言われる立場にあっただけに、高校サッカーの時の移り変わりの中で勝ち続けることの難しさを思わされる一言だった。チャンスらしいチャンスも、59分に山形が相手DFの間を抜けて1対1になった場面だけだった。ただこれも「山形のドリブルが大きくなって大丈夫と思った」と羽田が話した通り、GK黒河がナイスセービングを見せ、市立船橋が決定機を防いだ。多少東福岡がリズムを作りかけていた時間帯だっただけに、市立船橋の分厚い守備が光った。

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 そしてその頃から東福岡のDFラインに疲れが見え始め、風下なってボールをグラウンダーでキッチリ繋ぎ始めた市立船橋が東福岡を攻め立てる展開になる。そして「東福岡のDFがフラットなのでDFとFWの1対1の勝負になると思っていた」(布監督)市立船橋は、FW原が東福岡DFを翻弄する。間近に見ると東福岡のDF前田、吉田らは明らかに息が上がっており、原のスピードへの対応で後手に回った。「あれだけ激しいDFができたのはオランダ遠征以来」と東福岡の森重コーチは話したが、水際で市立船橋の攻めを防ぎ続けた東福岡も遂に76分には原に追加点を許してしまう。「原ひとりにやられた」と志波監督は話したが、その差は決定的だった。ロスタイムにも原が相手のミスからボールを奪い、3点目を決め、ここまで選手権12連勝中の東福岡に遂にストップがかかった。「夏にフェスティバルで当たった時より僕らが成長したってことかな」と羽田は話した。東福岡の攻めの前に2−2で終わった夏の練習試合に照らし合わせて手応えを感じ取っていた。次の戦いは2日後、優勝候補がどんなサッカーを見せてくれるのか。

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 泣きはらした目で競技場を後にした東福岡イレブン。しかし緊張から解かれ、宿舎では既に彼らの次の戦いが始まろうとしてた。「タイムアップの笛は、次の選手権へのキックオフの笛なんですよ」誰かが言った。「俺、キャプテンどうしようかな・・・」吉田がそう言いながら笑った。

<00.1/5>

ストライカーより。

『3連覇の偉業へ V経験が生きる!?』

東福岡の看板MF山形恭平は、今年の”ヒガシ”の主将・前田隆を、愛情を込めて”もう一匹”と呼ぶ。「柳川戦の後半、もしかしてこのまま今日で最後?って思って泣きそうになってたら”思わぬ人物”が決めてくれた(笑)」(山形)選手権の県予選準決勝。この日も柳川相手に攻めまくりながら決めてを欠き、1点リードされたまま、負けムードが漂っていた。しかし、終了わずか12分前、後半に入ってオーバーラップを繰り返していた前田がついにミドルシュートを決めた。

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山形にとっても、前田にとっても、そしてチームにとっても、99年最悪の日はインターハイ県予選決勝。それまで負傷者の多かったチームが、やっとベストイレブンを組めた。だが、東海大五に0-1で敗退。そのまま学校に帰って練習。長い1日だった。そしてその後、選手権しか残されていない崖っぷちの夏、オランダ遠征に出発。試練は続いた。

思えば、前田の高校3年間は、チームのために脇役の連続だったのかもしれない。1年の頃、トレーニング中は、みんなの前で監督から名指しで罵られまくり、脚光を浴びるのは、いつも寺戸か山形だった。2年になると、金古聖司、千代反田充の最強CBの横で、選手権まで常に安定した守りを披露。ケガが続いた宮原の代わりにセットプレーも蹴り続けた。だが、選手権決勝戦、山形がハットトリックを決めて、おいしいところを全部さらっていかれた。U18日本代表合宿候補のセレクションに呼ばれても、やる気を全面にアピールする山形とは対照的に、前田はここでもおいしいところをもっていかれる脇役。技術以前の問題だった。そして、3年。「高校に入ったらボランチをやりたかった」という私欲を封印。伝説のヒガシの鉄壁DFを担うことになる。

彼に悔いはないのだろうか。

「いや、昨年も楽しかったし、今年もそれなりに楽しかったですよ。そういえるのは、選手権にでれるからですけどね。最後の選手権、思いっきり楽しみますから。優勝だって狙ってます。当たり前じゃないですかー」

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昨年度、見事選手権2連覇と飾った宮原裕司は自信を持って予言する。「”2回目”のときは選手権まで全国で戦ったことがないようなもんだったけど、まったく問題なかった。隆たちは2回、優勝味わっちゃってますからね。あいつら、絶対ビビったりしないから。恭平なんて、客が多いほど調子に乗りますよ。案外、楽勝ですよ」

今年の1月8日、2連覇を決めた夜、「富士山より嬉しい」と言って先輩たちを笑わせた前田。毎年12月末選手権のために上京する寝台特急の窓から、本山雅志も宮原も見てきた富士山は、今年も東福岡のために顔を出してくれるだろうか。

選手権だけは、”もう一匹”が主役だ。

<99.12/11>

山形恭平くんがU18に選ばれ、11/21-28までJヴィレで行われる合宿へ参加します。<99.11/16>