|
|
| フラワーマンのヒガシのページにあるものをすこし整理して、恭平くん関係のみ載せてみました。 |
.
|
東福岡関係の新聞記事
|
|||||||||||||||
| 山形恭平くんが高校選抜に選ばれました。<00.1/8> |
|
サッカークリックより。3回戦市船戦。 -------------------------------- 「先生、こいつに言ってやって下さいよ、キャプテンやれって」東福岡の田口部長がその一室に入ると数人の3年生から一斉に声が上がった。「吉田にキャプテンやらそうと思うんですよ」現キャプテンである前田が言う。「でもキャプテンになると、しんどいんとちゃいます?」吉田自身はまんざらではないのだが、どこか踏ん切りが付かない。だから他の3年生・山形や前田が一緒になって吉田の説得に当たっている。吉田が何度も訊く。「先生、キャプテンってどんなことやるんすか?」―――。 . . . . <00.1/5> |
|
ストライカーより。 『3連覇の偉業へ V経験が生きる!?』 東福岡の看板MF山形恭平は、今年の”ヒガシ”の主将・前田隆を、愛情を込めて”もう一匹”と呼ぶ。「柳川戦の後半、もしかしてこのまま今日で最後?って思って泣きそうになってたら”思わぬ人物”が決めてくれた(笑)」(山形)選手権の県予選準決勝。この日も柳川相手に攻めまくりながら決めてを欠き、1点リードされたまま、負けムードが漂っていた。しかし、終了わずか12分前、後半に入ってオーバーラップを繰り返していた前田がついにミドルシュートを決めた。 * 山形にとっても、前田にとっても、そしてチームにとっても、99年最悪の日はインターハイ県予選決勝。それまで負傷者の多かったチームが、やっとベストイレブンを組めた。だが、東海大五に0-1で敗退。そのまま学校に帰って練習。長い1日だった。そしてその後、選手権しか残されていない崖っぷちの夏、オランダ遠征に出発。試練は続いた。 思えば、前田の高校3年間は、チームのために脇役の連続だったのかもしれない。1年の頃、トレーニング中は、みんなの前で監督から名指しで罵られまくり、脚光を浴びるのは、いつも寺戸か山形だった。2年になると、金古聖司、千代反田充の最強CBの横で、選手権まで常に安定した守りを披露。ケガが続いた宮原の代わりにセットプレーも蹴り続けた。だが、選手権決勝戦、山形がハットトリックを決めて、おいしいところを全部さらっていかれた。U18日本代表合宿候補のセレクションに呼ばれても、やる気を全面にアピールする山形とは対照的に、前田はここでもおいしいところをもっていかれる脇役。技術以前の問題だった。そして、3年。「高校に入ったらボランチをやりたかった」という私欲を封印。伝説のヒガシの鉄壁DFを担うことになる。 彼に悔いはないのだろうか。 「いや、昨年も楽しかったし、今年もそれなりに楽しかったですよ。そういえるのは、選手権にでれるからですけどね。最後の選手権、思いっきり楽しみますから。優勝だって狙ってます。当たり前じゃないですかー」 * 昨年度、見事選手権2連覇と飾った宮原裕司は自信を持って予言する。「”2回目”のときは選手権まで全国で戦ったことがないようなもんだったけど、まったく問題なかった。隆たちは2回、優勝味わっちゃってますからね。あいつら、絶対ビビったりしないから。恭平なんて、客が多いほど調子に乗りますよ。案外、楽勝ですよ」 今年の1月8日、2連覇を決めた夜、「富士山より嬉しい」と言って先輩たちを笑わせた前田。毎年12月末選手権のために上京する寝台特急の窓から、本山雅志も宮原も見てきた富士山は、今年も東福岡のために顔を出してくれるだろうか。 選手権だけは、”もう一匹”が主役だ。 <99.12/11> |
| 山形恭平くんがU18に選ばれ、11/21-28までJヴィレで行われる合宿へ参加します。<99.11/16> |